大喜利天文台
お題
怪談「とてもアイスが食べたい」の一節
渡利 巣手呂さんの作品
私と和夫さんは近所の銭湯で顔を合わせたら挨拶する程度の間柄でした。

その日も私は季節の湯に浸り日々の他愛ないイザコザで疲れた身体を癒していました。そう、風呂上がりのアイスを楽しむために。風呂上がりのアイスは私にとって麻薬だ。いや、正確には氷菓だがそんなことはどうだっていい。火照った身体をシャキーンと冷やす、シャブも少々嗜むがこれほど「目が覚める」ことはない、チクッともしないし。

季節の湯をたっぷりと味わい風呂から上がり、いざアイスと自販機へ向かうと1人の老人が目を見開き青ざめた顔で震えていて、よく見るとそれは和夫さんだったんです。いつも柔和な笑顔で挨拶してくれる和夫さんがこの世の終わりと言わんばかりに青ざめた顔で全身を震わせ自販機の前でブツブツと何か呟いてる 

「も..もぅ..こ..これっ..き..り…」

もう、これっきり。確かにそう呟いているが一体何が?と思っていると、いきなり自販機に小銭を入れ鬼の形相でボタンを叩きまくり落ちてきたアイスを貪り出しました。

「チャパチュパ ズズッ チャパチュパ」
「ズババッ ズババン ズバ ズババーン」
「チュチュチュ ズバー レロッレロッ」

棒に染み込んだ最後の一滴まで飲み干さんばかりに吸いつく和夫さんにようやくいつもの笑顔が戻ってきたので「大丈夫ですか!?」と声を掛けましたが、意気揚々と「もうこれっきりって決めてるんだけどねぇ」と私を無視し全裸で出口へ向かって行ったんです。

老人の加害性ほど厄介な物はないと、一気にキメる気持ちが冷めた私はもう一度入り直そうと後ろを振り返ると、先ほどまで浸かっていた風呂、そして裸の男たちはどこにも見当たらず、全裸の私が小銭を握りしめセブンティーンアイスの自販機の前で佇んでました。

「おかしい おかしい おかしい」って自分を言い聞かせてもそこにいるのは裸の私ただ一人。次第に喉の奥が熱くなりカラカラと身体の水分が蒸発していくのを感じ、このままでは全身が火ダルマになり燃え落ちてしまうと思ったその瞬間、「もう、これっきりだよ」自販機から和夫さんの優しい声が鳴り響いてきたんです。

咄嗟に小銭をぶち込み思いっきりボタンを叩きつけ落ちてきたチョコミントを貪ったその瞬間、私の青春の火蓋が切られました。
◆この作品へコメントを投稿できます。
お名前:
コメント:
名前
3点ぜあす
3点小粒庵
2点と鞠ついで
3点とも
2点あああ
2点ゆうとってゆうとるやん
2点アガリブル
2点うんこ伊忍道
3点ねこライト