大喜利発射台
お題
最近眠れない人が病院で言われた、とんでもない診断結果
寝坊さんの作品
雄弁は銀、沈黙は金。

簪を取る。病院の無機質な清潔さが、五感を遠慮なく突き刺してくる。幼少の頃から、この空間が孕んでいる乾いた不気味さには、腰の引ける何かを感じていた。健康への脅迫、とでも言えば相応しいか。ただそんな白箱へと足を運ばざるを得ない状況に堕ちたのは、とある異常事態に依るものであった。最近ずっと眠れていないのを、どうしても解決したかったのである。どんなに強く目を瞑っても大きく呼吸をしても、意識が覚醒から逃れ得ないのだ。いまいち乗らない気分と疲れ切った体を乗せた車を走らせて向かったのは、橋田病院、とかいう角ばった建物であった。新しくできたというその院は、前述した不気味のイメージに違わぬ完璧な白さを保っていて、均衡は取れているはずなのに、どこか不安定に見えた。待合室での何を考えればいいのか分からない時間もなんとなく不快に感じられて、気分は沈むばかりだった。綺麗なのに不潔、そんな感触を抱いている自分に、一抹の面白さを感じるほどだった。やっとの思いで、この眠れない身体は診察を受けるに至った。そこからは覚えていない。心拍数がどうとか、呼吸がどうとかいう話があったような気がする。沢山の検査に案内され、そんなに酷い病気なのかと、高揚感というか優越感というか、そんな得意げな感情が、浮き上がってきていた。

胸が高鳴る。

じっと待った。雄弁は銀、沈黙は金。

「結果なのですが」

「はい」

「食べた物全部出てます」

「はい?」

「食べた物が全部出てますね」

「いや、え?」

「食べた瞬間、口から食べた物が全部出てます」

「え?」

「食べた物全部出てます」

簪を付ける。

簪が付かない。

簪つかない。

「え?」

「あの、昼ごはん、お友達と食べてます?多分そん時に、食べた瞬間喋っちゃってるか笑っちゃってるかで口からバァーッて全部出てますね」

簪つかない。

「バァーって?」

簪がつかない。

「はい、バァーって」

「バァーってですか」

「はい」

「簪がつかない」

「それ簪だったんですか?」

「え?」

「文房具かと思いました」

「え?」

「いや、ペンとかそういう物かと」

「沈黙は金」

「何ですか?」

雄弁は銀。

「あの、私はどうすれば」

「まずそれつけましょうよ」

つかない。

手がヌルヌルでつかない。

「手が」

「ヌルヌルですね」

「はい」

「恥ずかしいですね」

「沈黙は金」

「何ですか?」

簪がつく気配はない。

「では私も暇じゃないので、それでは」

「待って行かないで」

「なんでですか」

「これつけるの見てて」

「嫌ですよ」

「待って」

「それではまた」

「橋田さん」

「早乙女です」

目の前が真っ暗になった。あの男は、早乙女だった。

「あとあれ、“はしでん”です」

はしでんだった。はしでん。

「何なの、意味が分からない」

「誰の意味が誰に分かるかなんて、誰にも分かりませんよ」

「どういうことなの」

「それではまた」

「早乙女さん」

「早乙女です」

目の前が真っ暗になった。この男が橋田じゃないことより、この男が早乙女であることの方が、ただひたすらに悲しかった。私は泣いていた。男に泣かされるのはいつぶりだろう。ヌルヌルの簪も、一緒に泣いているように見えた。

家に帰ると突如、強い眠気に襲われた。久しぶりの眠気。やはりできる女は医者選びにも抜け目がないなとの満足を胸に、朦朧とする意識の中に沈んでいった。足拭きの冷たさが、すこぶる心地よかった。
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3点サジットアポロ
3点魂の裏切りの夜
4点ふふふ
2点林原よしき
2点電脳豆腐
4点サメVS巨大タコス
2点とも
2点旧式
2点否定から入るオンザビーチ
2点ペンギンズマラソン
2点アガリブル
2点夏のワルプルギス
3点ほに
2点即席鯱