大喜利天文台
お題
野原しんのすけがみさえのことを「みさえ」と呼ばなくなった理由
警邏さんの作品
 シロが転校することになった。

 日常が一変したのは、黒いスーツを着たおじさんが家にやって来たあの日からだった。おじさんは「おめでとうございます」と言ってシロを置いていった。まだ5歳だったオラは何が何だか分からなかったが、父ちゃんとみさえは母校が甲子園行きを決めたかのように喜んだ。「あなた」、「おまえ」とひとしきりはしゃぎ終わると、みさえは「1年間誰にもシロを飼っていることを気付かれなかったら、一生遊んで暮らせるほどのお金がもらえるのよ」と鼻息を荒くした。その日から、野原家に知られてはいけない家族が加わった。

 翌日、シロを飼っていることがばれた。気付いたのは風間くんだった。ジェンガをするためにつつく用の枝を探していた風間くんは、「なんだよあの犬小屋」と言った。あろうことか、父ちゃんは外に犬小屋を作っていた。どうしようもない馬鹿だった。風間くんがいなくなった、というニュースがかすかべを席捲するのに、長い時間はかからなかった。

 助手席に座りながら、「なんだかワクワクするわね」とチャリが言った。風間くんを回りくどい自殺みたいな方法で殺したオラたちは、死体を捨てなければいけなくなった。シロが外に出ないよう二階にバリケードを作り、まだローンが残っている家をピンボールみたいに飛び出した。埼玉を出るぐらいのタイミングで、「正体がばれるといけないな」と言って父ちゃんが『靴下』を名乗り始めた。いいわね、と言いながらみさえは『チャリ』を名乗り、「オラって英語でありがとうって意味らしいわよ」と言ってオラを『ありがとう』と呼んだ。オラがスペイン語で「こんにちは」という意味だと知ったのは、中学生になってからだった。夫婦そろって、救いようのない馬鹿だった。高速をしばらく走り、いつもより荒かった靴下の運転にオラは酔った。サービスエリアで下りると、チャリが「ありがとう!ありがとう!」とオラの背中をさすりながらトイレに走った。トイレから出てくると、靴下が「夜だからアイス買えないのか」と怒っていた。

 目的地である山のふもとには、見たことない量の警察が待ち構えていた。警察1は「かすかべ市の男児が行方不明になっていると通報があった」と言い、警察2は「『ありがとう』と叫びながら子どもを虐待する母親がいると通報が」と言い、警察3は「男が偽物のアイスにまたがって顎をこすり付けていると通報が」と言った。2と3はお互いに見つめ合い、めちゃくちゃ照れながら帰っていった。ほどなくして1が車内から風間くんの亡骸を見つけると、靴下とチャリは部員のタバコで甲子園出場が取り消されたかのように泣いた。

 靴下とチャリが逮捕され、オラは施設に入った。しばらくして、あの黒いスーツのおじさんが家に残されていたシロを連れてきた。おじさんはオラに「シロは転校することになった」と言った。『転校』の意味が分からなかったオラは、その日初めて辞書をねだった。

 オラは公務員になった。近くの安アパートを借りた。刑期を終えて出所したチャリと二人で暮らした。靴下は獄中で自分の靴下を嗅ぎながら死んだ。チャリは介護が必要になった。「ありがとう」と言われてどっちだよと思った。数年後、チャリも死んだ。オラは白い犬を届ける部署に配属された。見たことのある白い犬だった。新しい家に連れて行くと、新しい家族はじゃんけんで後攻を勝ち取ったかのように喜んだ。家族を尻目に、オラは「じゃ」と言って踵を返した。シロは小さく「キャン」と鳴きながら転校していった。
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名前
3点うんこザウルス
2点武甕雷
3点アガリブル
3点小粒庵
4点魂の裏切りの夜
2点おかず
2点たきざき
4点サメVS巨大タコス
2点遠くを見ている
4点シャープくん
3点びろびろーん
2点と鞠ついで
2点ケムケムケムッソ
3点レスト人肉
2点短米
2点ねこライト
2点クライムクライム
2点冬嗣
3点エコノミー
3点モモス
4点ハプティクス
2点
4点tngon
4点2個
3点大型ケミカル
4点にゅわ
2点pokopoko
3点かくれどり